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2019年12月13日 (金)

【書評】「経理」の本分

公認会計士の武田雄治先生から新刊 『「経理」の本文』を献本していただきました。

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本書は上場企業の経理部員の方々を読者対象とし、経理部門の存在意義や業務内容をまとめた1冊です。

タイトルの印象から、経理部員としての心得などの精神論中心の書籍と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、むしろ内容の多くは経理業務を効率化するためのノウハウ集になっています。

具体的な手法に言及する第3章から第4章は、通常の経理実務の書籍とは異なり、ディスクロージャー制度への対応が前提となる上場企業特有の論点を含んでいるのが特徴です。

第3章 経理部の日常業務とは -日常的に経理部員は何をすべきかー
第4章 経理部の決算業務とは -ディスクロージャーのために経理部員は何をすべきかー
第5章 経理部のサポート業務とは -経営をサポートし、企業価値を高めるために経理部は何をすべきかー

特に第4章 「経理部の決算業務とは」は、作者が今まで執筆してきた決算早期化書籍(「決算早期化の実務マニュアル」等)のエッセンスがまとめられており、この章だけでも定価以上の効果が得られることは保証しておきましょう。
(書籍の値段の2千円など、残業1時間分にすぎないんですからねえ。この第4章のルールを社内で徹底できれば、その数百倍の時間は削減できるのでは)

一方、作者の意図は単にノウハウを伝えるだけではなく、経理部員としてのマインドセットの提示にあるのでしょうから、私も、本書が示す経理部門のあり方を、過去の2冊の書籍と比較しながら読んでみました。

一冊目は、昭和50年代(1970~80年代)の高度成長・インフレ時代に著された井原隆一氏の「財務を制するものは企業を制す」 (PHP文庫)です。
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井原隆一氏は、かつての埼玉銀行で経理部門を支え専務を務められた実務家で、言い切り調の文体が昭和の頑固親父を連想させます。

もう一冊は、会計ビックバンと呼ばれる、我が国の会計制度改革が進められた2002年に刊行されベストセラーとなった金児昭氏の「教わらなかった会計」(日本経済新聞社)です。

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金児昭氏も信越化学の経理部員としてキャリアを重ね同社の常務取締役まで昇りつめたバリバリの実務家です。本書のヒット以降、2013年に亡くなられるまで100冊(!)を越える著作を残しており、ビジネス書籍の一時代を築いた作家と言えましょう(ちなみに、私の日経での担当編集者は「教わらなかった会計」を編集した方だったため、金児氏にまつわる愉快なエピソードも色々教えていただきました)。

経理部門の目指す方向性として、単なる集計係ではなく現業部門のサポート部門へ進化すべきという点は3者に共通するものです。
むしろ、この時代が異なる3者の主張に変化や違いがあるのかに注目しながら読み返してみると次の2点に気づきました。

1 コンプライアンス意識の変化

井原氏の著作には次のような表現が出てきます。
「会社を食う白蟻 -公私混同」(p116)
「社用族が会社を斜陽にする」(p120)
まさに、植木等の無責任シリーズの感覚で昭和の時代には一般的なものだったのでしょう。

また、金児氏も経理の役目として資産の保全を重要なポイントしてあげており「必死の覚悟で会社の財産を守ること」(p17)と表現しています。これは、株や投資信託などへの投資を戒めることと合わせて説かれており、まだバブルの痛手が消えていないことがわかります。
当然ながら、現代の経理部門においても資産の保全は重要な業務の一つですが、内部統制制度の整備と世の中のコンプライス意識の高まりから、資産保全のウエイトは経理部門というよりは全社的な役割に変化していることを感じました。

2 経理業務の存在意義の変化

現代の経理業務は、 「AIに業務を奪われてしまうのではないか」つまり、業務の存続可能性が話題となっており、武田氏の問題意識にも表れています。
これは、経理部門の存在自体は当然の前提となっていた井原氏、金児氏の時代にはなかった視点であり、昨今、公認会計士協会もこんなビデオを作成しています。
「公認会計士のしごととAI」

武田氏は第6章の中で経理部員のための7つの心得を上げていますが、その中で
心得10 自社のストーリーを描け
心得11 わかりやすく表現するプレゼン力を身に付けよ
といった内容は、従来、経理部門の業務範囲とは考えられていなかったものです。

技術革新によって業務形態が変化していくのは、蒸気機関が発明された産業革命の時代から続く必然であり、特に騒ぎたてるようなものではありません。
今では鉄道の改札口に切符切りの鉄道員がいなくなったように技術革新によって従来の単純労働から解放されるのは、むしろその業界にとって望ましいことでしょう。
ただし、その変化に気づかないままでは自らの業務の存在意義が危ぶまれる状況にあるのも事実です。

では、今後、我々、会計に関わる人間が進むべき領域はどこなのでしょうか。
従来の会計基準は会計実務から演繹的に作成されていましたが、IFRSをベースとした現代の会計基準は、理論からスタートする演繹的な手法で開発されています。
その結果、外部開示用の制度会計と内部で利用する管理会計領域の乖離が年々大きくなっています。例えば新しい収益認識基準は、社内の管理指標として使いようのない代物になっています。
我々、特に上場企業の会計に携わる部門の活動は、この制度会計と管理会計の乖離をどのような方法で埋めていくのかという領域に移っていくのだと、私は考えています。

武田氏の著作の書評から、かなり離れてしまいましたが、経理部門も昭和、平成の時代を越え、あたらしい令和の時代を迎えたことを感じる一冊でした。

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